メガネの小言。

レースと赤いバンダナ その1。

2020.05.24 Sunday





   ある日曜日の夕方、
   店じまい後に現れた小柄な男は
   キョロキョロと不審な面持ちで
   私を見つけて寄ってきた。




   「ひばり工房さんはここでいいですよね?」


   「すいません、今日は終わっちゃいました」

   男は残念がることもなく話を続ける

   「バイクが沢山集まるとこですよね?」

   「社長さんですか?」

   「阿蘇でバイクが集まる所を
   ネットで探して来たんですよ〜」



   矢継ぎ早に話す男はママチャリである。




   「3月に阿蘇警察署に配属になった
   中野と申します。」



   新しい勤務地を自転車で下調べ程度かと
   転勤のある仕事を羨ましく思いながら
   差し障りのない日常会話を続けた。











   「実はご相談がありまして…」


   「初対面でご相談ですか?」



   交通課を仕切る中野という警官は
   訥々と話を続ける。



   「実は赴任した日にミルクロードで   
   二件のバイク事故が発生しました。
   それも二件ともドクターヘリを要する
   大事故でした…」 と。


   バイク乗りとしてもだが、
   阿蘇に観光に来たライダーの事故となれば
   聞いていて心苦しくなる。



   中野は話し続ける。
   「私も若い頃レースをやってたもんで
   飛ばしたいライダーの気持ちはわかります」



   「レーダーでの取締りなんてやりたく無い」と。


   なに?警察官がレースだと?


   俺の日曜夜のサザエさん気分は冷め
   深夜の情熱大陸の音楽が流れ出す。


   「立ち話も何なんでコーヒーでも」

   自慢の社長室に連れて行く。


   レース活動もピンキリあって
   地方選手権から全日本選手権、はたまた
   世界選手権まで幅広い。


   バイク好きでちょっとカジって
   白バイ隊員に変更したんだろ〜くらいで
   話を聞くと
   原付バイクすら知らない青年は
   高校卒業と共に静岡に行き
   働きながらバイクレースを始めたらしい。


   ちなみに同級生。


   かなりの本気度が見えて来る。


   「国際A級に上がりプロで走ってました」…

   とは言え、俺みたいに国際A級で
   通用しなかった部類だろと探りを入れると

   「フランスのレースも走りました」

   鈴鹿8耐にも出場経験あり。
   スズキ系列のチームだったと…


   見せてもらった古い写真には
   耐久レースのスポンサー向けに
   スタジオで撮られた写真。
   その横にはハイレグ姿のキャンギャルも…



   

   マウント取られた気分の社長室。



   話を続けると当時の速い選手の名前も上がる。


   「あの時はスズキには九州から柳川選手が
   いたけど話しはした事ないなぁ」 と。


   ふふふ、元チームメイトである。

   「あ〜、アキラの事ですね!」
   「アイツは今でも仲良しですよ!」
   「よく遊びに来ますよ〜!」



   マウント取り返してドロー!





   そんなつばぜり合いが繰り広げられていた。







   中野本人は当時の事を自慢することもなく
   あまり覚えてないそぶりで
   「昔の事ですよ」と謙遜する。


   こんな男になりたかった…




   「相談と言うのは…一緒に安全運転の
   啓発活動をやってくれませんか?」


   

   内容を聞く前に直感的に面白いと感じた。

   ただの警察官というより
   バイク好きでレースやってた警察官の

   好きで取り締まってる訳じゃない
   ただ安全に走ってもらいだけ。
   無事に帰ってもらいたいだけ。
   それがヒシヒシと伝わって来た。



   「よし!やりましょう!」







   それから2人は盛り上がって行った…





   つづく。