メガネの小言。

東京とサングラス。

2020.06.15 Monday





   大学に進学する為に娘が上京した。


   建築のデザインを学ぶ学校である。


   コロナの影響で3月から延びての上京である。



   




   小学生の頃の辞書は誇らしかった。


   高校の進路選択で
   やりたい事、チャレンジしたい事を
   自分で見つけ出し東京に決めた。



   スマホで何でも知ってる娘は
   いつまでも親元にいるだろうと
   根拠もなく疑いもせず決め付けていた。



   関西のデザインの学校受けた時も
   東京の学校を受かった時も
   東京のアパートを決めた時も
   親元から離れるはずはないと
   心のどこかで願っていた。




   6月の授業開始に伴い阿蘇を離れる。

   父親と2人で旅立つ。
   見送りに来た人達に手を振る。

   涙を見せずに飛行機に乗り込む。

   弱気を見せないところは
   俺によく似ていた。


   着くと生活する為の準備で大忙し。
   若者の街はお洒落で活気に満ち溢れていた。

   娘との買い物は楽しかった。
   小さな頃、保育園の帰りに
   田舎の小さな商店に駄菓子を買いに
   連れて行ってたのが
   昨日のことのようである。

   100円も出せば手のひらいっぱいの駄菓子。

   選ぶ姿を見るのが大好きだった。




   お祭りのくじ引きで一等を当て
   最新大型たまごっちだったのに
   旧式大型たまごっちにすり替えた
   テキヤのオバちゃんの慌てようは
   今でもいい思い出。

   そんな事ばかり考えてると
   あっという間に日は暮れた。
   数年前に先に上京してる
   息子と合流する。

   アパート界隈には
   お洒落で居心地良さげなお店が
   所狭しと立ち並ぶ。


   観光気分の父親をなだめながら
   入ったお店は駅前のチェーン店風のイタリアン。

   広い店内にまばらなお客さん。
   上京の御祝い会にしては少し寂しいが
   娘はそこを選んだ。
   コロナが落ち着いて自粛解除されても
   ここで感染するわけにはいかない。

   ひとり暮らしの覚悟は既に決まっていた。
   的確な判断に少し安心した。
   買い物に疲れて夜は爆睡
   思い出話をする事なく朝になる。

   娘の作った朝ごはんを初めて食べた。
   本人も初めて作ったと思う。

   買い忘れをチェックして近所に買い物。

   楽しい時間である。
   12時30分にはここを離れなければならない。
   タイムリミットは刻々と迫る。




   今回最大の仕事はインターロックされた
   アパートのインターホン用に
   オヤジの声で「はーい」とか

   「いま開けまーす」とか
   「結構でーす」などをスマホに
   録音するというもの。
   ふざけながらも寸劇なみの
   いい声がとれた。



   インターホンで確認しても
   完璧にわからない。
   娘のアイデアである。
   臆病が故に発想豊かである。



   笑いながらも「そろそろ帰るな」と伝える。




   使いたくなかった言葉。

   意味もなくリュックを探り片付けると
   持ってきた覚えの無いサングラス。
   真夏並みの日差しに助かった。






   「Suicaチャージするから着いていく」と。
   着いていくという言葉は素直に嬉しい。
   「駅のマックでご飯にしようか?」
   時間がないのは知ってたけど
   もう少しだけ一緒に居たかった。

   「乗り遅れたらいかんけん
    自分で食べる」と…

   乗り遅れを心配しての気遣い。


   近づく改札口は混雑もなく呆気なく到着。


   結婚式のスピーチで何百人の前で泣く男も
   たった1人の娘の前では泣かないと
   心に決めていた。

   言葉と一緒に涙が出るのは知っている。
   「頑張れよ」と、ひとこと。
   娘は顔も見ずに手を振った。


   俺も改札口を越え新宿駅行きの
   案内表示だけを真っ直ぐ見て歩く。
   涙を拭かなければ階段すら歩けない。


   振り返っても
   親元を離れるはずのない娘は
   着いてくることはなかった…


   ガラガラだった改札口は
   探すことが出来ないくらいに混雑していた。





   
   どうやって新宿駅に着いたかもわからず
   教えてもらったはずの出口もわからず
   泣きながら鼻水を垂らして走り回り
   「南口はどこですか?」との
   問いに答える駅員に慰められ
   東京の駅員を初めて優しく感じた。








   寂しいけどお兄ちゃんのように
   早く東京に馴染めよ。

   
   父より。






   おわり。







               
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